日本での焼肉の起源

日本での焼肉の起源

騎馬民族である北のモンゴル民族が高麗時代の朝鮮半島を統治した時代があったために、食生活の面でもモンゴル民族の影響を受けて肉食が流行した時期がありあす。しかし、この時代には牛や馬は農業と物資の運搬に使う労働力として珍重されていたので実際には食用としては滅多に使われませんでした。

 

 

 

主に鶏や豚、羊が飼育もしやすさと、餌になるトウモロコシや芋類が中国や日本から輸入されていた事で牛馬より育て安かったので食用に使われていたようです。現在でもジンギスカン鍋などが当時からの名残としてあります。

 

北新地 バー

 

新羅時代の500年代から1800年代まで繰り返し食肉禁止令や屠殺禁止令が発令される時代がありました。家畜類を食肉する習慣が余りにも増えるので当時の政府による調整を行なう意味と、仏教が普及による影響もあります。

 

 

 

それまでの日本では、炭火や薪を使って肉を焼いて食べる食習慣が無かったのですが、戦後の闇市でプルコギが流行したのがきっかけになったようです。第二次大戦後の疲弊した日本の東京や大阪などで食料不足が深刻になり餓死者や栄養失調でなくなる方も続出しておりました。

 

凛花 神戸三宮店

 

特に、在日朝鮮人の方々にとって厳しい時代で、当時n日本人は口にすることのなかった牛や豚の内臓を火で焼いて食べて生命をつないでおりました。これが、今のホルモン焼きの起源とも言えます。この在日朝鮮人の焼肉が日本での焼肉の普及に火を付けたことで焼肉料理は朝鮮半島からの料理と認識されることになりました。

 

 

 

始めの頃の焼肉店の多くはジンギスカン料理のプルコギに使われていた鍋を使用していましたが、次第に日本独特の鋳物鉄を加工して作ったグリル板が使われるようになり、これが韓国にも逆輸入されたそうです。